2005年02月09日

努力の報酬

職場へ向かう電車内です。今日未明には、今日が期限の仕事をしていたため、見事に睡眠不足です。締め切り間際にならないとやる気にならない性癖を何とかした方が良いかもしれない私。



またあとで(1305)

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帰りの電車の中です。眠い、空腹の2重苦。これに「うんこしたい」が加わればヘレン・ケラーもびっくりの3重苦ですが、幸い、それは大丈夫です。

 

先日、TOPのひとこと欄に

真面目な努力をしないで姑息な手段で乗り切ってしまえる処世術も、現実社会では時に貴重な能力になると感じます。


と書きました。私の大学時代を思い出して書いたのです。



私は少なくとも平均的学生よりは勉強してました。しかし、普段から真面目に勉強したつもりなのにCが付く一方、普段は真面目にやらずに直前の情報収集だけで乗り切った他の人にAが付くようなことが時々ありました。勉強したつもりでも、努力の方向がずれていたたのでしょう。



私は成績にはコダワリがなかったので、そんな状況を気に病んでいませんでしたし、姑息な手段を選ぶことを嫌っていました。しかし、仮にAが多数欲しい立場だったら、適性が乏しい科目を真面目に勉強するのを止めるべきなのかも知れません。努力の割りに得る物が少ないからです。



だから、今の私は、学問を究めようとせずに要領で単位を取ろうとする学生を蔑みません。それどころか、(語弊があるかも知れませんが)ある意味で賢い処世術ができるということで、少々尊敬の念すら抱きます。前述の通り、学生時代の私はそういうことをできない人だったからです。



勿論、Academicな世界で学問を究めようと志す学生は、そういうことをしてはいけません。



以上、M1の頃までは学問を究めようと思っていて挫折した管理人が本日の裏日記を完結します。
posted by D Slender at 16:42 | ☔ | エッセイ

2005年01月30日

ゲームの理論II

「ゲームの理論」とは、応用数学の一分野であり、
人間社会と「ゲーム」の類似に着目して、社会や経済における行動主体(プレイヤー)の相互に関係する意思決定や行動、さらに社会や経済の成り立ちを数理的に研究する学問
のことです(参考:京都大学経済研究所の岡田章氏のpage:ゲーム理論とはどんな学問?)。ですから、「ゲーム理論」に登場する「ゲーム」という言葉と日常用語の「ゲーム」とでは、少々意味が異なります。前者は主に頭脳的な戦略のみに依存するゲームのみを扱い、肉体的なゲームや、麻雀などの運にも依存するゲームは扱わない、という印象があります(私の無知ゆえに誤解している可能性もあります)



ここで、前記事「ゲームの理論」の補足。思い出しました。竹中平蔵氏は郵政民営化を「敗者のないゲーム」と表現していたのでした。「敗者のないゲーム」など、そう滅多にあるとは思えないのですが……



ところで、本記事のメインテーマは郵政民営化などではありません。

先週の火曜日、仕事へ向かう電車の中で、女子高生のパンチラを見ました。私が座っていた座席の向かい側に一人の女子高生が座ろうとした瞬間、やや無造作な座り方だったせいか、ほんの0.2秒程度だけ白いパンツが見えてしまったのです。偶然見えただけです。決して手鏡で覗き込んだり、靴の中に小型のデジカメを忍ばせて靴に空けた小さな穴から動画モードで撮影したりはしていません。それから暫くの間、私は少しだけ幸せな気持ちになりました。たかが白い布が見えただけなのに、何となく得をした気分になったのです。私と同じ状況で同様の感想を持つ男性は少なくないはずです。



ここで、ふと次のようなことを思いつきました。



女子高生が瞬間的にパンツを見せる行為は「敗者のないゲーム」であるかも知れない。つまり、女子高生の瞬間的パンチラで損をしたり、不快に思う人は誰もいないのではないだろうか。



なぜかというと、瞬間のできごとなので故意に見せているとは思われず、人格を疑われることもないでしょうし、ひょっとしたら、パンチラから素敵な恋が芽生えるかも知れません(?)ただし、長時間見せてしまうのはマズイです。不愉快な気分になる人も居るでしょうし、痴漢等の性犯罪に遭う可能性も生じてきます。



そこで、短めのスカートの制服を着ている女子高生の皆さんに提案です。瞬間的にパンツを見せてしまった貴女に不快感を抱く人は多分居ません。それどころか、少しだけ幸せな気分になる人は確かに存在します。ですから、階段を上るときや、座席に座るときなどに、見えることを恐れてガードするのを止めてみてはいかがでしょうか。



【補足】 

● 火曜日の出来事を日曜日に記事にせざるを得ないところに、私の時間的な余裕の無さが現れています。
posted by D Slender at 00:31 | ☔ | エッセイ

2004年12月30日

古賀潤一郎氏には腹が立たない

今更感があるタイトルですが…



今年大きく報じられたニュースの中で、個人的に印象に残っているのはイラク絡みのニュースなのですが、逆に殆ど印象に残っていないニュースもいくつかあります。そのうちの一つは、古賀潤一郎議員の「学歴詐称疑惑」です。大したニュースではないと思って聞き流していたのですが、関連サイトや2chスレッドが多数林立するなど、世間的には相当大きく騒がれた模様。そこで、古賀氏が具体的に何をした(と言われている)のか、調べてみたところ、次のサイトを見つけました。

 古賀潤一郎衆議院議員の経歴について



ふむ、学歴詐称以外にも献金関連の疑惑があるようです。



学歴詐称についてですが、詐称する政治家が後を経たないのは何故でしょうか? 推測ですが、政治家を学歴で評価する有権者やメディアが実在するから、選挙等を有利に進めるために敢えて詐称をするのではないでしょうか。



もちろん、詐称は良くないと思いますし、やってはいけないことだとは思います(←ここ大事)。ただ、詐称する政治家自身には余り腹が立たないのです。むしろ学歴で政治家を判断するような人の方をうっすらと軽蔑したくなるのです。私自身は、政治家の学歴などを気にしたことが全くありません。政治家を選ぶ基準は、第1に政策、第2に政策を実行するための総合的能力だと思います。卒業した大学がどこか、なんてことはほとんど無関係だと思うのですが…



なお、私は古賀氏の支持者でもなければ、民主党の支持者でもありません。



ところで、かなり前に「裏日記」で「牛肉の産地偽装には全く腹が立たない」と書きました。不味い肉が高く売られていれば怒りたくなりますが、産地がどこであろうが美味ければそれでいい、という考え方を持っているからです。政治家の学歴も同様です。



結論:私は政治家を牛肉と同等とみなしているようです。



さて、のちほどこの記事には表blogからトラックバックを打ちます。以上、新生Moon Siteのトラックバック受信テストを主目的としたエントリをお送りしました。
posted by D Slender at 18:27 | ☔ | エッセイ

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